近現代アートの楽しみ方の達人
新家靖之(しんかやすゆき)さん
(社)日本旅行作家協会会員

1946年生、メーカーの管理部門に勤めながらも、毎年、長期休暇をとって好きな近代・現代絵画や建物をテーマに個人旅行を実践。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの近代・現代絵画、建物などテリトリーは世界中に及ぶ。2007年12月の定年を機に、世界中の近代・現在アートの楽しみ方や素晴らしさを同じ熟年世代に伝えたいとの思いから「地球の歩き方 旅の達人(旅のコンサルタント)」に応募、2008年2月より「近現代アートの楽しみ方の達人」として活動を開始した。
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    イスタンブ−ルからロ−マへの21日間の旅(イスタンブ−ル3)

    イスタンブールは、西洋と東洋の狭間に位置します。東西の文化が、衝突を繰り返し、又、融合するという歴史を感じます。イスタンブールの世界歴史遺跡公園地区(スルタンアフメト地区)には、それらの歴史を髣髴とさせる地区です。ビザンティンの文化を引き継いだ東ローマ帝国、そしてその後のオスマントルコの遺跡が狭い地域に数多くあります。

    この地区の地下に広がるローマ時代の貯水槽は、地下宮殿として公開されています。現存する東ローマ帝国の貯水池としては最大のものです。

    公園に面した、にぎやかな通りの片隅にある入口から地下への階段を降りると、暑さが和らぎ、ひんやりとした空気に変わります。そして、水面に整然と立ち並ぶ石柱の世界が広がります。石柱の下に灯された明かりが、透き通った水面に写し出され、全体にセピア色の空間です。不思議な世界です。地下は人間に神秘的な感覚をもたらします。どこかで感じた感覚です。そうだ、ハンガリーの首都ブダペストの地下迷宮で感じたものです。少し、怖いような、どこか懐かしいような感覚です。

    水面に木で作られた廊下があり、歩みを進めます。整然と柱が続いています。湿気を帯びた柱に奇妙な文様が彫られています。沢山の目がこちらを見つめています。そして、無造作にメデューサ(メドゥーサ)の首が、逆さまと横になって二本の石柱を支えています。

    この顔は、近年の貯水地の浚渫作業で発見されました。メデューサはギリシア神話に登場する女の怪物です。彼女の眼は、見るもの全て石に変えてしまいます。ギリシャ神話では、怪物として表現されますが、その由来は、ギリシャに征服された民族の女神がギリシャ神話に組込まれる中で変化したと考えられています。エジプトやトルコでよく見かける目玉型のお守り「ナザール・ボンジュ」も、その意味するところは「メデューサの目」です。女神だったころの彼女の雰囲気を伝えるものです。何世紀にもわたり柱を支え続ける先住民の女神の顔は、少し憂いを帯びて見えてきます。水中には、多くの魚が泳いでいます。陽の光の届かない水中でこの魚たちも、延々と営みを続けているのです。地下に広がる世界は、人知のおよばない魔物の暗躍する古い神話の世界なのかもしれません。

     地下から地上への階段を上がります。強い日差しが飛び込みます。一瞬、目が眩しくなります。人の会話、物売りの声、車や電車の響、雑踏の世界です。しかし、なんだかホッとします。

     ホテルに戻り、ビールを頼みます。イスラム圏ですがビールを注文するとどこからか出てきます。心地よい酔いに身を任せます。サアー、明日は、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボへの航空機に乗る日です。

     サラエボまでは、トルコ航空と共同運航しているボスニア航空でアタテュルク空港から1時間です。ボスニア航空は、軍人出身のパイロットが多く操縦には定評があるとどこかで読みました。朝8時定刻通り航空機は飛び立ちました。目指すは、バルカン半島にあるサラエボです。

    20世紀が、戦争の世紀といわれる中で、バルカン半島は、その悲惨な歴史を現在まで引きずっている地域です。ボスニア紛争は、近年まで民族浄化の大量殺戮が行われました。コソボは、今でも紛争が、続いています。サラエボも紛争の地として世界的に有名です。映画の「サラエボの花」は、その問題を正面から描いた秀作です。戦争の悲惨さと人間としての尊厳や強さ、どのような悲惨な事態の中でも希望を見出す人間の素晴らしさを描いています。その歴史を持つ町が現在どのようになっているかを見たく訪れることにしました。

    あっという間の空の旅です。森の中の空港という感じです。空港の周りには何もありません。サラエボには2泊します。インターネットで民宿に近いホテルを予約しました。タクシーで向かいます。かなりの時間、車は森の中を走ります。そして、森が切れ、細い道路は、町の郊外らしい道路と交差します。トラムの線路が中央にあります。その線路伝いの道を走ります。徐々に建物が増えてきます。そして、近代的なビルが随所に見えてきました。タクシーはまだ走ります。川沿いの道になり、車が増え、トラムともすれ違います。信号のある横断歩道を多くの人が渡ります。古い由緒ある建物が続きます。どこまで行くのだろう。川沿いの道は、古い建物が途切れ、道が細くなりました。崖の下の白い壁造りの、こじんまりした建物の前で止まりました。Hotel Emonaです。サラエボの旅の始まりです。

     


     地下宮殿 セピア色の世界


     地下宮殿 見つめる目


     メデューサの首


     ナザール・ボンジュ



       地下宮殿に住む魚



       サラエボの花

     
     サラエボ 
    Hotel Emona