近現代アートの楽しみ方の達人
新家靖之(しんかやすゆき)さん
(社)日本旅行作家協会会員

1946年生、メーカーの管理部門に勤めながらも、毎年、長期休暇をとって好きな近代・現代絵画や建物をテーマに個人旅行を実践。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの近代・現代絵画、建物などテリトリーは世界中に及ぶ。2007年12月の定年を機に、世界中の近代・現在アートの楽しみ方や素晴らしさを同じ熟年世代に伝えたいとの思いから「地球の歩き方 旅の達人(旅のコンサルタント)」に応募、2008年2月より「近現代アートの楽しみ方の達人」として活動を開始した。
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    2015年ルーマニア

    第22回シビウ国際演劇祭の取材旅行(その1

     

    シビウの郊外、カルパチア山脈を望む山の頂きに堅牢な石積みの砦があります。空が茜色から夕闇に変わる時刻、ジョージアの国立劇団が演ずるストリンドベリの令嬢ジュリーが始まります。滅びゆく上流階級を象徴する大きくて古いピアノが、石畳の床に置かれています。劇の進行と共に建物の外は漆黒の闇に変わり、そして激しい雷雨、閃光が光ります。苦悩する令嬢ジュリーの神秘的な表情が印象的です。

     


     シビウ市は、ルーマニアの国土の中央にある中世の佇まいそのままの美しい町です。町の中心にある円形の大広場は、周りに町の象徴である時計台やルーマニア教会の建物が配置され、石畳の道が、放射線上に交差しています。旧市街を堅牢な城壁が取り囲み、幾多の戦いの歴史も感じます。シビウ国際演劇祭は、22年前キリヤック氏の指導の下、演劇での町の復興を目指し始められました。今や世界70ヶ国350団体が参加するヨーロッパ3大演劇祭の一つになりました。


     演劇祭のジャンルの幅は広く、演劇は勿論ダンス、歌、サーカス、路上パフォーマンス、そしてワークショップ、写真等の展示が同時並行的に行われます 


     それらが、国立ラドスタンカ劇場、オペラハウスのタリアホール、青少年の為のゴングシアター等の劇場をメイン施設とし、更に教会や郊外の砦そして廃工場やカフェ、広場、ストリートと市内のあらゆる場所で演じられます。


     演劇祭の10日間は、町中が夢の舞台に変わります。

     

    この演劇祭の目玉は、ファウストです。それは、廃工場を利用して演じられます。俳優の高い演技力に圧倒され、綿密に考えられた演出の意外性に驚きます。息を止めて見つめる観客は、最後に圧巻の地獄絵図を体験する事になります。


     国立ラド・スタンカ劇場では、斬新な舞台に目を見張ります。聖書やギリシャ悲劇からの主題を、独自に、又、オーソドックスに解釈し演じます。北朝鮮やナチスを強烈に皮肉る劇もあり、多くの笑いが客席から起こります。東欧という暗いイメージとは程遠い大らかで陽気な雰囲気を感じます。


     オペラ劇場のタリアホールの舞台では華麗な演目が連日続きます。イタリアのカルメン、スペインのフラメンコ、アルゼンチンのタンゴと原色の美しさが際立ちます。教会の聖堂内に、ポルトガルのファドの歌声が響きます。哀愁ある素朴なギターの調べと相まってどこか懐かしく感じます。聖堂内の長椅子に腰を掛け満ち足りた気持ちで聴き入ります。


     アメリカンインデアンが、石畳で跳ねます。イタリアの3人組が楽器を奏でながらストリートを行進します。オランダの妖精が路上で艶やかに舞います。大人も子供も一緒になってストリートパフォーマンスに酔いしれます。路上も広場も深夜までこの祝祭が続きます。

    最終日の深夜、町の大広場でコンテナを組み立てた巨大な人形が火を噴きます。そして、不死鳥が、自動車が、空を舞います。広場を埋つくす観客の歓声とどよめき、花火が夜空に炸裂します。観客、スタッフ、ボランティアの満ち足りた表情が素敵です。

     


     ルーマニアのトランシルバニアの初夏は瑞々しく爽やかです。町の郊外は、長閑な田園風景です。牛や馬がのんびりと草を食みます。劇場や街角では、沢山の笑顔と出会います。日本と比較し物質的には豊かではないけれど、健康で精神的に満ち足りた世界があります。演劇祭で多くの素敵な人を知りました。人生の豊かさは、素敵な人との出会いだと改めて感じた10日間でした。心からの有難うをこめて。
    ムルツメスク!


     令嬢ジュリー



    シビウ演劇祭演目から



     





     
     路上パフォーマンス